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2011年3月

Prologue “紆余曲折”

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2007年頃から、久しぶりに仕事から離れたところでの創作活動……自主映画を製作したくなってきました。


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1997年に完成させた短編映画『砂丘の残像』より実に10余年ぶりの発動です。


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※1880年代前半。高校時代に文化祭向け8ミリ特撮映画を撮っているときの様子。“TEPPROJECT”の始祖的活動の一環。

僕が高校時代に旗揚げしたちっぽけな自主製作映像集団は、その後いろいろに形と名前を変えながらも存続し、現在では「自主製作映像集団TEPPROJECT」と名乗りながら、間もなく創立30周年を迎えようとしています。

…… 30年。

けっこうな年月です。

この歳になってくると自分自身だけでなく周辺の環境も著しく変化し、仲間内の人間関係も変わってきます。
それなりに年齢を重ね、仕事上で責任あるポストについたり、結婚したり転居して疎遠になったりと……思ったよりもめまぐるしい変化です。

そんなこともあって10数年前に較べると個人映画はたいへん作りにくくなっていると言わざるを得ません。
これから先、仕事から離れて自主映画を撮る機会など極端に少ないでしょう。

そんな中にも昔馴染みの絆は続いているし、新しい出会いもあり……このへんを節目にしようということで、久しぶりに一本こしらえてみようと思ったわけです。


―――― 今後、作品製作の進捗に合わせて「自主映画“The Lost Urban Warfare. ”製作リポート」と題し、随時状況報告をしていきたいと思います。

“The Lost Urban Warfare. ”は今回製作する作品の英語版タイトルで、正式な邦題は『消滅戦街道』と名付けています。

ときおり思い出したようにこのタイトルの日記がアップロードされるかと思いますが、大のオトナが何を大騒ぎしているんだと笑いながらお読みいただければと思います。


……まず第一回目は、本プロジェクトの発足についてです。

なにせ紆余曲折の末に辿り着いたプロジェクトです。
ちょっとばかり長くて退屈な説明文になってしまいますが、お付き合い頂ければ幸甚です。


   ★★★★★★★★★★【発端と方向転換】★★★★★★★★★★


そもそも自主製作映像集団TEPPROJECTが過去につくってきた映画たちは、製作意欲に燃える前途有望な映画青年たちが全身全霊を傾倒して撮る自主映画、または自分のアーティスティックな感性に目覚めた人々が表現者としてのプライドの一環として撮るような映画…つまり一般的な自主映画とは、いささか趣を異にしている。

TEPPROJECTの場合、高校時代頃から映画製作活動を始め、後には映像関連の専修学校や大学に学び、卒業後は映画・映像業界、造形・美術業界など、モノツクリの世界の片隅でコツコツと仕事を続けて自分なりのノゥハゥを確立させ、またスキルを蓄積してきた人間たち(社会人たち)が、創作活動を通して仲間となり、ときに一堂に会して「普段の仕事から離れたところで、モノツクリという行為そのものを存分に楽しんでみようではないか」という、一種の悪戯心に突き動かされて普段の生活で鬱積してきたものを放出するかのようにして撮るものであり、純粋な「わがまま道楽」でありながらも一般の自主映画の数倍の手間暇をかけてつくるという、まともなオトナの理解の範疇から逸脱した、ある意味では「大いなる無駄の堆積物」である。

そう、人生の壮大な無駄を楽しむ……もしかすると、いささか自虐的行為ともとれる創作活動である。

確かに今まで、完成した自主製作映画がムービーフェスティバルで連続入賞させていただいたとか、作品集をメジャー系配給会社がDVD発売してくださったとか、テレビ放映していただいたとか、何かの映画祭で製作者本人すら知らない間に評価していただいたとか(これもまたマヌケなお話だが、その方面にひどく疎いのだから仕方がない)そういう出来事をいろいろと経験してはきたものの、それはすべて絵に描いたような「瓢箪から駒」に他ならない。

平たく言えば、ココロザシが異様に低いのである(笑)


これを四半世紀以上も続けているのだから、こんな馬鹿もザラにはいない。


……とはいえ、いちど味をしめたらやめられなくなるのも映画づくりである。


つくった映画というのは、どんなものでも完成して公開した途端、一人歩きを始める。

いろいろな人の目に触れて、いろいろな形で愛され続けていく。
作った人間たちの中でも記憶が熟成されて、宝物のような良き想い出として生き続けていく。

これはお金を出しても買えない大切なものであり、「苦労はしたが作ってよかった」としみじみ思うことも、繰り返されていく。
今までに「作らなければよかった」と思った作品は一本もない。

同時に、先に述べたように創った作品に対して思わぬ評価を頂くこともあり、それが僕自身や手伝ってくれたスタッフ、出演してくれたキャストの皆さんの将来へのステップアップ……何かしらの“足がかり”となることもある。
事実、我々と共に映画をつくってくれた仲間の中には、これをきっかけとして大きく羽ばたいていった人々もいる。
これは僕にとっても、たいへん嬉しいことだ。

だから、また作りたくなる。


とくに、特撮技術を使った映画には愛着がある。

特撮映画をつくるには一般映画をつくる3倍から4倍の手間がかかるといつも見積もっているが、それは作業を劇的に合理化してくれるデジタル技術が普及した今でも基本的には変わらない。

技術が変化、発達しても、実際に手を動かしてモノをつくるのは人間だからだ。

それだけ苦労するぶん、愛着も強い。

普通の映画であっても、まずはキャラクター……登場人物がいかなる人間なのかをつくりあげていき、彼らが生活するに相応しい舞台も細やかに設定していく。
そして作品の「頭脳」そのものである脚本・監督の意図を反映させつつ、そこにもうひとつの頭脳である演技者……俳優の人格そのものも加わり、コンセンサスをとりながら「ヒト」そのものをつくっていく作業は殊の外、楽しい。

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※1989年度作品『目覚めよと呼ぶ声あり』本編ドラマ部分撮影風景

特撮映画では、それに加えて実写だけでは撮影不可能なイメージを再現するために各種のミニチュアセットを組んだり絵を描いたり合成技術を駆使する。

「すでに存在しているものを撮る」だけでなく「撮るために物をつくる」作業が重要なファクターとなる。
これによって世界観が飛躍的に広がる。

趣味の世界において「自主製作の特撮映画」ほどクリエイティブで「モノツクリ」を実感させてくれるものは他にはない。

人類最高の「モノツクリ趣味」のひとつである(笑)


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※1997年度作品『砂丘の残像』特撮部分準備・撮影風景


……だから、たとえ破産が心配されようが(笑)どの作品も一生に一度のこと、商売気抜きで数百万をかける値打ちがあるとさえ僕は思っている。

ここで「数千万」とか「数億かける値打ちが……」とか言えればチョット格好良いのだが、僕のような小市民のレベルは所詮こんなものである(^^;)

―――― そんなこんなで数年前からまた悪い虫が騒ぎ出し、何か撮りたくて仕方がなくなっていた。


ところが、どうも考えがまとまらない。

どんなものを撮れば、「楽しい」のだろうか?


最初にそのヒントを与えてくださったのが、ウェブサイト「荻窪東宝」を運営していらっしゃる河合氏である。
http://ogikubo-toho.com

2007年初春頃だったろうか。
いつも懇意にしてくださっている河合氏をお訪ねして、お茶を飲みつつ何となく自主映画の話をしていると、とある怪獣映画の話が出て来た。

昭和40年の東宝映画「フランケンシュタイン対地底怪獣」に登場した地底怪獣バラゴンをモチーフにして自主製作の特撮映画が撮れないか? というお話だった。

これには興味をそそられた。

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「バラゴン」は多種多様な東宝特撮怪獣映画に登場したモンスターの中でも、独特の味、存在感を持つ巨大生物で、硬派な特撮映画マニアから絶大なる支持を得ている。
しかしながら、バラゴンが“単体”で主役となって活躍する映画は今まで一本もつくられていない。

……考えてみると、僕は今まで知名度の高い既製のキャラクターの登場する自主映画というものを一本も撮ったことがない。

ヒョンなことから本家本元の円谷プロさんにお呼びいただき、ウルトラマン・シリーズの一本を監督させていただいたことはあったが、これは純粋に「仕事」である。

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※円谷プロダクション「ウルトラマンネオス」撮影風景


映画仲間の思い出話を聞いていたりすると、少年時代にドラマや特撮に興味が湧いて自分たちでも撮りたいと思い始めると、たいていはウルトラマンや仮面ライダーなどのスーツを自作してそれらしきものを撮ったり、ゴジラの人形を自作してストップモーション・アニメに挑戦したりといった話題が出てくるのだが、果たして自分はどうだったかと思い返してみるに、そういうことをした記憶が無いのだ。

これだけ長くやっているのに、そういう経験が呆れるほどまったく無いということに、我ながら奇妙な薄気味悪ささえ感じる。

河合氏の主催する「荻窪東宝」は過去に自家製のオリジナル版「ウルトラQ」をお撮りになった実績があり、僕もナレーターとして参加者の末席に加えていただいたのだが、映画好きのオトナたちが集まって少年時代から好きだった物と改めて向き合い、それをモチーフとして、単なる悪ふざけに終わらせずに作品としてキチンとつくっていくという行為の楽しさに気づかせていただいたという経緯があった。

それを踏まえた上で ―――― 正直に言えば、この歳になってこの題材を手掛けるということに多少の照れもあったのだが、それを覆すだけの楽しさが強く感じられたのである ―――― このような作品を今だからこそ撮っておきたい、今後はもう撮る機会もなかろうという思いもあり、是非「荻窪東宝」さんとの提携作品として撮ってみたいと考えた。


バラゴンを主役にした映画を撮っちゃおう!

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ようやく自分自身の感じていたモヤモヤの“着地点”を見いだせた僕は、すぐさま脚本の執筆にとりかかり、約45分の内容にまとめた。


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―――― 196×年。
世界各地で地殻の異常現象が確認された。
南極では米空軍の観測機のパイロットが氷原に現れた巨大な亀裂の中で謎の発光体が蠢いているのを目撃し、その後にはベーリング海上の石油採掘プラントが何者かの攻撃によって破壊された。
そしてついにワルシャワ条約機構軍の基地も襲撃されるという事態が発生した。
日本でも群発地震が起きており、地質学の権威である博士と新聞記者と同僚の新米女性カメラマンたちがその謎を追うことになる。
果たして、それらの異変の原因は古代に生息していた巨獣“バラナスドラゴン”通称バラゴンの生き残りが地球の温暖化によって目覚め、地底深くを動き回っていることが原因だと突き止められた。
バラゴンはついに日本にも出現し、神出鬼没に暴れ回り始めた。
実は、かねてより群発地震の原因が生物によるものではないかと主張していた若き生物学者がいた。
彼は、かつて調査に同行した婚約者をバラゴンの仕業である群発地震によって亡くしたという悲しい過去を持っていた。
兄を事故で亡くした過去を持つ女性カメラマンは、彼に兄の面影を感じて慕い始めるが、彼は自ら開発した地底探査用マシンによってバラゴンを探し出すことに執念を燃やしていた。
かくして陸海空自衛隊のバラゴン殲滅作戦が展開される中、若き生物学者も地底探査用マシンに乗り込み、バラゴンと差し違える覚悟で婚約者の仇を討とうと考えていた。
しかし彼を死なせるわけには断じていかない。
自衛隊の熾烈な攻撃と地底探査用マシンの活用によって、バラゴンの動きを止めることはできないのだろうか……!?


……おおざっぱに言えばこんなストーリーで、随所に往年の東宝特撮映画のオマージュ的ドラマ要素や特撮シークェンスを盛り込み、それに加えて1960年代から子供たちに人気のあった超SFマシン……地底メカ(ドリル戦車)を登場させようというタクラミだった。


脚本が完成した段階で、若い頃に映画の準備したときのことを思い出しつつ、友達にも協力してもらって特撮美術などの準備からボチボチと手を付けた。
舞台を敢えてノスタルジックな味わいのある1960年代と設定したため、自衛隊の装備もその時代に合わせようと相応のミニチュアモデルを製作したり、古めかしい民家のミニチュアセットを準備し始めた。

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※旧アダムズ社製1/40モデルに小改造を加えた「オネストジョン」。「ラドン」にも登場した名脇役。


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※往年の東宝特撮映画ではお馴染み。61式戦車の試作型“STA-4”。タミヤ1/35プラモ改造のラジコンモデル。


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※怪獣映画といえばコレ! F-86Fセイバー戦闘機。1/72と1/48スケールで製作中。アップ用は1/32に。


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※これまた特撮映画の名脇役。M3A1ハーフトラック。陸自仕様に改造した1/35モーターライズ走行モデル。


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※どんなシーンにでも使えるように……と量産していた1/35の三菱ジープJ3R陸自仕様。


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※お友達に手伝ってもらって作り貯めた1/50スケールの各種民家。


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※ウェブサイト「プラモデルの王国」のオヤヂ博士こと高見氏が鋭意製作してくださっていたドリルメカのラジコンモデル。

―――― 上記は、2007年~2009年頃にかけて準備をすすめていたものの、ほんの一部。

けっこう本気でバタバタと手を動かして製作準備を進めていたことがわかる。

ところが、脚本内容の検証と美術準備、技術的な面でのテストを進めていくうちに、いくつかの大きな問題にぶつかってしまった。


まずは主役である「バラゴン」そのものの造型の問題。
元祖の東宝特撮映画と同じように、人が中に入って演技をする着ぐるみ……スーツメイションでは、ミニチュアのスケールが非常に大きくなってしまうため、全長70~80センチのハンドマペット(手踊り人形)方式を採用することに決めていた。
これは2000年にリリースしたオリジナル特撮ドラマシリーズ『VISUAL BANDITS』の第一話に登場する巨大生物の描写で経験があったため確信が持てたわけなのだが、考えてみればバラゴンは四つ脚歩行、二脚歩行の他、大きく跳躍までしてしまう。
しかも耳の部分を上下させたりと、表情も豊かだ。
これをハンドマペットで撮り、しかも相応の巨大感、威圧感を表現するとなると、極端な話、絵コンテのカット数と同じ数だけの種類の各種のバラゴンのモデルを準備しなければならないのではないか??
これはかなり難しい。

そして、「1960年代」という時代設定。
これがまた厄介なのである。
登場人物の衣装、部屋に置かれている家具、電化製品、煙草やペン、カメラなどの持ち道具、劇用車輌……映画の衣装や大道具・小道具を扱っているスタジオに軽く問い合わせたりして試算してみたが、自分たちで作れる物は作り、知人から借りられる物は借りまくるとしても、当初の見積もりを遥かに超える予算が必要なことがわかってきた。
このあたりは多少妥協してポイントだけコダワレばソコソコ見栄えもするんじゃないかという意見もあるが、せっかくつくるなら全体的にコダワラないと、映画そのものの風合いが陳腐なものになってしまう。

加えて、もうひとつ技術的な問題。
地底怪獣というからには地底の描写も必須である。
バラゴンが地中を掘り進むとか、土砂崩れが起こるなどといった描写は過去の経験からある程度の勝算はあったのだが、問題は、地底といったらコレ……「溶岩流」の描写である。
粘性のある液体に着色してみたり、灼熱している雰囲気を出すため蛍光剤を混入したり、ライトを強めに当ててみたり……いろいろと試してみたが、どうやっても自分のイメージしている「あまりにも熱くて恐ろしく、近寄りがたい溶岩」のイメージにならない。
現代ならばCGを活用する方法もあるのだが、この作品は全編通して現場処理の生の絵に少量のCGを含むデジタル加工で味付けするという方向で撮りたかったので、クライマックスの、もっとも重要なシーンで登場する溶岩流が突然「いかにもCG」といったものだと、ダイナシになってしまう。

最後は……これは当然のお話だが「権利問題」。
バラゴンは東宝の特撮映画に登場したキャラクターだから、確たる権利物である。
個人でつくって楽しみ、また営利目的の上映や販売、レンタルを絶対にしないとはいえ、やはり完成後は複数の人々に見せたいと思う……いや、観客に楽しんでもらえてこその映画なのだから、身内だけで楽しむというのでは苦労のし甲斐もない。
どのような姿勢で、どのような許可の申請を行えば、完成した作品を上映できるのだろうか?
これも難しい問題である。

……なんとも情けないお話だが、お金の面でも技術の面でも、また権利の問題でも決定打と思える解決策が見つからず、1年ほど悩む結果となってしまった。


しかし、人間というのはまぁイイカゲンというか楽観的というか、ノンキな部分もあるようで、1年ほど考えていると、

「せっかくみんなで映画を撮って楽しもうと思って始めたのに、テスト撮影ばかりしてラチがあかないというのは実りが無さ過ぎる。だったら、様々なテストも兼ねて、まるまる一本まったく別の映画を撮った方が良かぁないか?」

……そう思えてきた。


そこで、今後いいアンバイの解決策が見出せるかどうかは今のところ見当もつかないが、とりあえず「バラゴン」を無理矢理進めて失敗したり、クォリティの低いものにしてしまうよりは、ちょっと「お休み」をいただいて心機一転、他の作品をつくってみようと心に決めた。


サテ、どんな映画がいいだろう?

単純に「こういうものが撮りたいナァ!」と思う題材はいっぱいある。

その中から、どれを選ぶか?


―――― 次回は、作品内容の決定について書いてみたいと思う。


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Report.01 「消滅戦街道」の発動

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ノッケから話が脱線してしまい恐縮だが……2010年の春、僕は体調を崩してしまい、少しばかり仕事を休ませて頂くことになった。

どうも調子がオカシイ。
こりゃもしかして脳腫瘍でも出来たんじゃないのかと心配になり検査を受けたが、とくにどうということもなく、結局いろいろと周囲に相談した末に心療内科で診てもらうこととなり、言わばストレス性の心労と診断された。

ストレス……と言われても特に心当たりがあるわけでもなく首を捻ったが、何年もの間に蓄積されて体調に響くのがストレスの怖さなのだそうだ。
言われてみれば一時期は様々な映像・映画関連の会社と相談して企画を提案したりしていたものの一筋縄ではいかず、数年間にわたって恥ずかしながらイササカ自暴自棄になったこともあったし、その後は郷里の宮崎県に住む親父が病に倒れて、東京と宮崎を月に何度も往復し、親父が亡くなった後は事後処理で心配事が残ったこともあり……そんなことが少しずつ蓄積されていって今回の極度の体調不良につながったのではないかと思い当たった。

先生に処方して頂いた薬を指定通りに服用していたら間もなく劇的に回復してきたのだが、油断禁物で休養も必要だということで、それならいっそのこと思い切ってお休みをいただき、好きなことを存分にやって、溜まったストレスを全部発散させてやろうと心に決めた。

……そうなればやることはヒトツ。

前回の企画「バラゴン」に代わる、新たなる自主製作映画の脚本執筆と撮影準備である。
僕にとって、これ以上にストレスを発散できるものはない。何よりの「良薬」である。

幸いなことに長期間に渡って作業の続く仕事も入っていなかったし、これをチャンスとばかりに自主映画に集中することに決めて、一気呵成に脚本準備稿を書き上げた。
2010年6月末のことである。


タイトルは『消滅戦街道~The Lost Urban Warfare.~』とした。

※当初、英語題名は“The Last Urban Warfare.” だったが、より邦題に近いニュアンスにしたいと考えて、後にアルファベットを一文字だけ変えて“The Lost Urban Warfare.”に変更した。

―――― 近未来。
某国(架空の国家を設定している)で30年以上続いていた独裁政治が指導者の死去によって崩壊、軍部の暴走が始まった。
軍は、示威行動の一環として周辺各国への空挺機械化部隊による威嚇攻撃を強行。
仮想敵国のひとつとされていた日本にも戦術輸送機が向かっていた。
政府はこれを大規模なテロ行為と断定。周辺国と協調して一般庶民の混乱とそれによる二次、三次災害を食い止めるために“報道管制”を敷き、陸海空自衛隊に“敵空挺部隊”の殲滅を命じる。
スクランブル発進した航空自衛隊迎撃機によって敵輸送機の多くは撃墜されるが、一部がその攻撃をかいくぐり、ついに日本本土上空へ到達、強行着陸する。
かくして、情報操作も辞さぬ姿勢で混乱を鎮めようとする対策本部、敵部隊と真っ向から対決し、市街戦に巻き込まれる陸上自衛隊“小銃班”と戦車隊の面々、無茶をしてでもスクープをものして現場に返り咲きたいと執念を燃やす女性ニュースキャスターを巻き込んだ波乱のドラマが幕を開ける……。

『消滅戦街道』というタイトルは、このストーリー内で展開される市街戦において、自衛隊側が「最終防衛ライン」に設定したのが、東京中心部からやや離れた街道沿いの街であった……ということに由来する。

……つまり、これは近未来の日本を舞台にした“戦争映画”なのである。

何故、このような内容の脚本を書いたのか。

僕は今までも戦闘シーンのあるSF作品や、まさに近未来戦争映画ともいえる作品を自主製作作品として撮ってきたが、どうもなんというか……僕の中で、こういう作品を撮るということは、商業作品としてのオファーでも受けない限り今後の人生ではもう無いのではないかという気持ちがあり、集大成的な意味合いも含めて、また現在の世情だからこそ、いちど撮っておいたほうがよいような気がしていたのである。
奇しくも自主製作映像集団TEPPROJECTは間もなく創立30周年を迎える。
その記念作品として、ちょうど良いように思えたのだ。


―――― 準備稿の完成と同時に、ロケハンと美術の準備などを始め、その資料を作成して協力してくれるお友達に配布することにした。

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最終決定稿の完成・配布は2010年11月である。


この間に、いろいろなことが起こった。

以前、『砂丘の残像』を撮ったときと同じような現象に見舞われてしまったのだ。

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『砂丘の残像』の舞台は近未来の北アフリカである。
この地で大きな戦火が上がり、陸上自衛隊が世論の反対を押し切って治安維持のため海外派遣される……という設定だった。

現在ではまるで当然のように自衛隊の海外派遣は行われているが、この作品を構想した1989年当時、日本の自衛隊が海外に派遣されるなど「SFの世界だけの話」であって、絶対に現実に起こりえないことだと考えられていた。

ところが現実にはこの作品のクランクイン後に湾岸戦争が勃発して、それを契機に自衛隊の海外派遣が実施されることとなった。
これには心底驚いたとともに、正直、落胆した。
本来「こういうことはあってはならない。だからこれはSF映画なのだ」というスタンスでつくっていたのに、現実が現実離れした流れになってしまった。
これでは個人の自主製作作品とはいえ、単に時流に乗って作った軽薄な作品だと思われかねない……そんなことを思い、暗澹とした気分になったのを覚えている。

今回の「消滅戦街道」でも、準備稿が完成した後になって尖閣諸島沖の事件における記録映像流出、北朝鮮が韓国の延坪島を砲撃した事件などが発生した。

当然のことながら『消滅戦街道』の準備稿の内容がこれらの事件を予見していた……などと大それたことを言うつもりは毛頭ないし、現実に起こった事件とこの作品はまったく無関係で、作品内容はすべて完全なフィクションである。
逆の見方をすれば、このような深刻な事件が「いつ発生してもおかしくない」ような、なんとも言えぬ漠然とした不安感は誰もが潜在的に感じていたわけで、これ以上恐ろしい事件が起こらないように、皆が(日本人だけでなく、周辺の国々の人々も)願っているのも確かだ。
僕はそれを今回の映画の要素に少しだけ採り入れたに過ぎない。

準備稿を書いた本人がこの現実に起こった事件にいちばん吃驚したわけだが、実際にこんな事件が起こる世の中ならば、なおのことこういう映画を撮っておいたほうがいい。なにしろ商業映画としては絶対に企画が通らないような内容だから、逆に自主映画の題材としては捨てたもんじゃない……そう考えることにした。

今回の作品では先の項で述べた「バラゴン」の企画で協力してくれることになっていた「荻窪東宝」さんをはじめとする多くの皆さんが、ほぼそのままこの作品にシフトして引き続き参加してくださることになり、また新たな協力スタッフ、新たな出演者の皆さんにも加わって頂けることになった。


……僕は協力者の皆さんに脚本と関連資料をお渡しする際、挨拶文を作成して添付させて頂いた。

この場で、映画『消滅戦街道』に対する僕の姿勢をあらためて説明するよりも、その挨拶文の抜粋を掲載したほうが意図が伝わりやすいだろう。

―――― 以下が、その抜粋文である。


『消滅戦街道』を書くに当たって、僕がテーマとして選んだのは、

「今、僕自身がもっとも“怖い”と思うことを書こう」

……というものでした。

“怖い”と感じるものは人それぞれだと思いますが、いろいろと考えてみると、僕がいちばん怖いのは「戦争に巻き込まれること」そして、そのような状況にあって正しい情報が無い……「本当のことを知らされない」ということではないかと思い当たりました。
とくに現在の世界情勢を見るとき、それを強く感じます。

我々は本当のことを知っているのだろうか?

我々は平和に生活していけるのだろうか?

……日々のニュースを見るたびに、そんなことを考えてしまいます。

『消滅戦街道』には、そんな僕自身の気持ちを込めてみました。

「戦争」という悲劇的な事件が勃発する背景には、相応の理由があり、その悲劇に巻き込まれていく人々それぞれの立場、義務、そして感情があります。
そうしたわけで、大なり小なり「戦争」というものを映画で描くのであれば、闘うことになってしまった双方の人々の立場を平等に描くのが正しい……そのことによって物事の本質が見えてくる、と思っています。
しかしながら、皆様もご承知のように個人でつくる自主製作映画には、技術の面でも予算の面でも制約があります。
そのため、製作可能な範囲を考慮しつつ、我々と同じ日本人の登場人物達の動きに主軸を置きながら、可能な限り“敵側”の人間性を想起できるエッセンスを盛り込んで、最終決定稿にまとめました。

……しかし、いろいろ理屈を並べても映画というものは2種類しかありません。

「面白い映画」と「つまらない映画」です。

『消滅戦街道』は、僕の考えるメッセージをほのかに感じさせながらも、ご覧頂いた方から面白かったと言って頂ける作品に仕上げたいと思っています。


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Report.02 “特撮美術の準備開始”

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昔から個人的な自主製作映画の進行は、

「やれるとこまで一人でやって、限界に来たら友達に助けてもらう」

……という方法をとっている。

これは映像専修学院の先輩であるカンバラさん(神原信一郎さん)の映画づくりの姿勢を真似たものだ。
この映画のガッコーというやつがまたトンチンカンというかイイカゲンなところで、先生たちから教わったモノはほとんど無かったが(笑)先輩方や腕の立つ同期生から教わったことは本当に沢山あった。


もう30年も昔の話だが、高校時代、僕は文化祭向けの8ミリ映画を撮ろうとして、チョットばかり痛い目を見た経験がある。
クラス全員に協力してもらって映画を撮ろうとしたわけだが、若さ故の強引さもあってこれに拒絶反応を起こす人もいたし、それぞれ勉学や家庭の事情もあるわけだから、毎日のように大勢が集まって……というのは無理な話で、結局は制作途中の映画を投げ出してしまったのである。

「自分が音頭を取ってクラスが一致団結すれば、素晴らしい映画ができる」というのは甘っちょろい幻想だというのを痛感した。

また、最初から「みんなで知恵を出し合って映画を撮ろう」というのも、聞こえはいいものの実際にはナカナカうまくいかないということも学んだ。
マサに“船頭多くして船山に上る”……創作作業に生活がかかっているプロならいざ知らず、映画が撮りたいなんて言い出すアマチュアなんてぇのは(自戒の意味も込めて書かせてもらうと)たいていムダに我が強いわけで(笑)
他人に協力する前に、まず是が非でも自分の主張を通したいと考える人間がわりと多いことは否定できない。
若くて理想に燃えてるんだから仕方ないっちゃ仕方ないが、そんなこんなで喧々諤々やらかしているうちに映画の計画そのものが空中分解してしまう……そんな状況も山ほど見聞してきた。

それに比べてカンバラさんの場合は、一般的な自主映画作家の方がやるように脚本・撮影・監督を担当するとともに、ビックリするほど大がかりなセットや精密なミニチュアモデル群なども可能な限り自分一人でこしらえて、それでも足りない部分を友達に頼む。
周囲の人間はカンバラさん個人の驚くべき努力を目の当たりにしているわけだから、自然と手伝いたくなる……僕はそういったカンバラさんの姿勢に感銘を受け、自分もそうあるべきだと思ったのだ。
20代の半ばまでに様々な経験を通してこのことに気づかされたのは、非常に幸運だったように思う。

幸い、このカテゴリーの冒頭で詳しく述べたように、我々の場合は映像専修学院時代からの仲間や、その後の社会人生活の中で知り合い、協力し合ってきた仲間で“ツーカーの仲”の関係がある程度確立され、熟成されている部分があるので、お互い持ちつ持たれつでモノを作れるから集団作業となっても問題は少ないのだが、そんな中でも出来るだけ他力本願にならず「孤独な闘いになるかも知れないが、まずモノをつくるのは自分一人。やるだけやった後に助っ人を頼む」という姿勢で事に臨むように今でも心がけている。
一貫してこの姿勢でブレずにいれば、友人達も誠心誠意手伝ってくれるし、その恩返しとして彼等が何かを撮りたい、つくりたいと思った場合は今度は僕が一所懸命に手伝うことにしている。
こういった活動を長く続けている間に、こんな空気が自然と形作られているのは本当に有り難いことだ。

……また、このこと自体が「自主映画」と「プロとしての映像製作」との根本的な違いと言えるかも知れない。

プロとしての仕事の場合、まずは「分業ありき」で、その中でチームワークを発揮して作品(商品)のクォリティ保持に全力を傾注する。
それに対して自主映画の場合は、商業的な側面を考えず、本当に好きなものを好きな方法論で撮ることを前提に、まずは自己責任ということでやれることは全部自分でやる……いや、全部自分で「やれる」というのが楽しく、これが自主映画の魅力なのかも知れない。

そんなわけで、僕は自分の仕事……つまりプロとしての映像演出業務と、個人的な自主製作映画活動は、完全に分離して「まったくの別物」と考えている。
同時に……こういうとお叱りを受けそうなのを承知で申し上げれば、プロとして仕事をしている映画監督と、商業的見地ではないフィールドで自主映画を撮っている映画監督の両者も、文字は同じでも実際にはまったく違う存在だと考えている。

自主映画の場合は、完成した作品が幸運にも評価されて商品として流通するとか劇場で有料公開されるとか公共の電波に乗るとか、そんなのは「成り行き」であって、そうなってもならなくてもべつに構わない。
そうなったらなったで儲けモン! みんなでこの幸運を祝いましょう!……というアンバイで(笑) 最終的な着地点をそこに定めているわけではない。
それに関しては、純然たる「仕事」の分野で頑張りたいと思っている。
もちろん、つくった自主映画がきっかけで自分の、ひいては参加した皆の将来のためになる仕事につながっていけば、それに超したことはないが……まぁそういう大きなコトは、映画がうまい具合に完成した後にユックリ考えましょうや、今はとにかく映画の完成に向けて頑張れば、それでヨロシイ……ということだ。

まずは、なにはともあれ自主映画なのだから、つくること自体を楽しみ、結果としてご覧になった皆さん……観客の皆さんがほんの少しばかり楽しんで頂ければ、それでいいと思っている。

本カテゴリーの冒頭に書いてある「ココロザシの低さ」とは、こういう意味でもある(笑)

―――― いささか前置きが長くなってしまった。

今回の『消滅戦街道』も、基本的にはこのスタンスで製作を進めることにした。
もちろん個人の力ではどうしようもない部分や、明らかに自分でやるより腕の立つ友人・知人にお願いしたほうがクォリティが上がると思えるもの、そして各方面からのご厚意でお借りせねばならない物も、作業が進めば進むほど沢山出てくるだろうが、エンジンスタートはまず個人の努力である。


……あまり詳しく書くと、自主映画とはいえネタバレになってしまいツマラナイので軽く触れようと思うが、『消滅戦街道』では、戦争にまで発展しつつある大規模な事件の成り行きを見守る“対策本部”の人々、最前線で闘う自衛隊員たち、そして戦場に迷い込んでしまう女性キャスターと彼女を取り巻く人々の織りなすドラマ部分、加えて空中戦や戦車戦を含む特撮部分で構成される。
凄惨な銃撃戦などのシーンはドラマ部分での撮影になるが、ここにも場面に合った特撮ショットを随時挿入していくので、ドラマと特撮がかなり密接に融合することになる。
無論、特撮ショットと人物のライブアクションをデジタル合成することも多いだろう。


特撮はミニチュア撮影を多用するが、個人で準備できる予算の限界と調達の容易さ、そして使える機材との兼ね合いでの画面効果を考えて、メインのスケール(縮尺)を1/25前後とした。

本物の代わりにミニチュアを使うわけだから、当然のことながら縮尺は大きいに超したことはないのだが、現実問題ナカナカそういうわけにもいかない。
大金持ちが撮る映画ではないのだ(笑)
1/25スケールをメインに、近景、遠景に使う大小スケール違いのものをある程度揃えれば、一応は思惑通りの絵が撮れると計算した。

CG全盛のこのご時世に古色蒼然としたミニチュア特撮?……と思われようが、いやいやミニチュアの底力を侮ること無かれ。
現代のハリウッド映画でもミニチュアで撮影したフッテージにCGを含むデジタル合成をうまく融合させて絶大な効果を上げている作品も多いし、ミニチュア特撮単体であっても、すべてが計算された究極の予定調和とも言える美しいCGとはまた違った生々しい存在感……ライブ感覚を画面上に現出させてくれる。
それに、かつてのフィルムで撮影していた頃に比べてデジタルムービーキャメラ撮影だと被写界深度が深くとれ、ある程度の接写も効くというようにミニチュア撮影には有利な面も多く、またミニチュア特撮には不可欠でありながらビデオ撮影では鬼門とされてきた「ハイスピード撮影によるスローモーション効果」も比較的気軽に活用できる
ような技術が都合良く進歩してくれた。


……2010年10月頃から“とっかかり”として手を付けたのは、市街地のシーンなどで不可欠な「一般的な自動車」のミニチュアモデルの調達である。

これは、製作用の資料を集めたり図面を引いたりしてイチから作らなくとも、市販品を最大限に活用できるからで、この手の模型のスタンダードなスケールとされる1/24で揃えることにした。
今では1/24でかなり仕上がりの良いダイキャスト製完成モデル(言ってしまえば大人のコレクター向けのミニカー)が数多く販売されており、これを物色することにした。


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僕自身、根っからのプラモデル好きなので、一昔前ならば1/24の自動車プラモデルを買ってきてセッセと作ったろうが、実際のところ自動車のプラモというのは、特に塗装仕上げに大変気を遣うもので、けっこう手間のかかるシロモノである。
2つ3つならまだしも、撮影用として何十台も作り揃えるとなれば、それだけで1年かかってしまう(笑)
そこで、市販品を買ってきてチョットだけ手を加えれば充分に使える1/24ミニカーに頼ることにした。

何せ僕は1960~1970年代の所謂「旧車」は大好きだが、最近のクルマにはとんと疎く、情けないことにどれも同じに見えてしまう(笑)
そこで休日を利用して、自宅周辺をはじめとして数カ所の駐車場、とくに20台以上が停まっている集合住宅の駐車場などをブラブラ見て廻り、どんな車種が多いか、どんなボディカラーをよく眼にするかを見て、だいたいの感覚を掴み、それに合致するようなミニカーを探した。
いろいろ探すとお買い得品などもあったので、一挙に20数台を揃えた。とりあえず、この程度あれば足りるだろう。

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そうなると1/24でバイクや自転車も欲しくなり、これも半完成品モデルなどを探し回ってソコソコの台数を揃えた。

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レンズ手前に「ナメ物」として置き、パースを強調して画面の奥行きを出すための少し大きめの物も欲しくなり、1/10スケール前後のモデルもいくつか買ってみた。

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あとは、市販品のままでは省略されている細部の塗装やエイジング(ヨゴシ塗装)をおこない、ナンバープレートや車検シールをPhotoshopで自作して貼り付ければおしまい。

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最初から破壊、炎上した状態の自動車に限っては、加工の容易なプラモデルを利用して作ることにした。

……これでミニチュア版の「エキストラ」劇用車はほぼ揃えることが出来た。

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Report.03 本編美術“キャリバー50の登場”

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2010年の末。
特撮美術の準備にとりかかるとともに、大道具・小道具などの本編美術にもボチボチと手を付け始めた。

そのプロップの中には、先代の企画である「バラゴン」からそのまま受け継がれた大物もある。
製作者に敬意を表して、まずはコレからご紹介したいと思う。

ブローニング50口径12.7mm重機関銃M2の実物大モデルだ。

これは元々「バラゴン」の自衛隊出動シーンでチョットした小道具に使おうと思い、銃器関系やその模型の工作分野に明るい映画仲間の「U君」に製作をお願いしたものだった。
実は、撮影でキャリバー50が必要なら自分がぜひ作ってみたいと、彼のほうから申し出てくれたのだ。
こういうモノは“餅は餅屋”で、僕なんかが手探りで作るより、詳しい友達に頼んだほうがいい。
また、精巧な金属製レプリカも販売されているが、そちらは買うとン10万円するシロモノなので、自分たちで作れるものなら作りたいと思ったわけだ。

しかし、僕の思惑で「バラゴン」の計画が頓挫したのに伴ってしばらく製作が休止状態になっていたのだが、今回の『消滅戦街道』ではこの重機関銃M2通称“キャリバー50”がチョイ役どころか重要な小道具として使われることになり、勇躍製作を再開してもらったという経緯がある。


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U君は資料を元に本体と主要部品を木材で作り、金属製の細部部品などを自作して丁寧にこしらえてくれた。
僕は細部の最終仕上げと塗装を担当しただけだ。


キャリバー50は映画にもよく出てくるし、米軍の戦車や装甲車のプラモデルを作ると必ずと言っていいほど部品として入っている、ポピュラー過ぎるほどポピュラーな重機関銃でもあり、またよくある映画ではこの機関銃の威力が正確に描写されていないため、注目を浴びることが少ないように思うが、実のところ兵器に疎い一般の日本人が想像している数万倍も強力で恐ろしい兵器である。
これでほんの数発……当たり所が悪ければ一発撃たれただけで、人体は切断または破砕されてしまう驚異的な破壊力を持っている。
安っぽい戦争映画のように、撃たれた人が「う~っ!」と傷口を手で押さえて倒れるような、ノンキな状況ではない。
撃たれると、一瞬にしてヒトがヒトの形で無くなってしまう魔の重機関銃である。

……実は、キャリバー50はTEPPROJECTの作品ではよく使われた小道具で、1989年に完成した『目覚めよと呼ぶ声あり』の撮影時に製作したプロップはその後けっこうな長寿を誇り、10余年後につくられたオリジナル特撮ドラマシリーズ『VISUAL BANDITS』でも使われたが、さすがに老朽化したため廃棄処分された。

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……今回は先代を上回るクォリティを目指しての製作だったが、実に良い具合に仕上がってくれた。

「バラゴン」から受け継がれたわけだから、このキャリバー50が最も早くから準備された小道具ということになる。

もちろん、これから自衛隊員のメンバー各自が携行する銃器類、敵方の物など大小の装備品を多数揃えねばならないし、まだまだ必要な物は多い。

完成したキャリバー50の巨体を眺めて「道程は遠いなァ……」と思ったのも本音である(笑)


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Report.04 “2つの楽しい出会い”

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※サバイバルゲーム・チーム“ HIT AND RUN”の面々


―――― 仕事にせよ自主製作にせよ、映像作品づくりを始めるというのは、人と出会うことでもある。


先に書いたように僕は自主製作映画の場合、まず完全に自己責任というスタンスの個人作業を、続けられるだけ続ける。

だが映画というものは一人でつくることは出来ない。

個人作業が限界に来たところで、撮る側として手伝ってくれる人々や演じてくれる人々との共同作業へと展開していく。
この段階で新たな知己を得る機会が多く、そしてまた旧知の仲でも映画づくりに関して今までとは別の側面からフォローしてくださる方もいる。

例えば今回の『消滅戦街道』では、模型趣味の方面でお友達だった佐々木さんが元陸上自衛隊員(空挺部隊)だったので、決定稿をまとめるにあたって数時間にわたりヒアリングにお付き合い頂き、一般的な陸上自衛隊員の方々の配属、構成、階級と年齢のバランス、生活上のエピソード等を詳しくうかがい、脚本内容に反映させることが出来た。

同じように、あるSNS上の“模型趣味”つながりでお友達になって頂いた末永さんが、現職の陸上自衛官である後輩の横地さんを紹介してくださり、やはり実際の演習で使っている専門用語や略語などの疑問点をお尋ねして、詳しく教えて頂いた。


……そんな中、今回は新たに2つの、実に楽しく、また意外な出会いにも恵まれ、撮影準備が驚異的に進行することになった。

まずひとつめの出会いは、加藤さん

先代の企画「バラゴン」の時から、ウェブサイト「荻窪東宝」の河合さんがご協力してくださっていたが、河合さんの元に集まるお友達の中でも、サバイバルゲーム・チーム“ HIT AND RUN”を運営する加藤さんにはぜひご協力頂きたいと思っていた。

加藤さんたちのチームは、各自で非常に凝った装備を揃えて本格的なサバイバルゲームを楽しむ一方で、その豊富な知識と装備、人脈を最大限に活用して、自主映画を撮って楽しんでいる。
作品も拝見したが、なかなかに凝ったストーリーの長編、力作で、この方々も映画が大好きなんだなぁと思えるものだった。

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一般的なサバイバルゲーム・チームだったらお声をおかけするのを迷ってしまうところなのだが、こうして本格的な“模擬戦”と“映像づくり”の両面を経験していて、また非常にお人柄も良い方々なので、ぜひ一緒に映画作りを楽しんで頂きたいと思っていた。

僕の行きつけのホビーショップ「喜屋ホビー」の名物店員である五嶋さんが加藤さんたちとお友達なので仲介の労をお願いしたところ、嬉しいことに五嶋さんともども本作品への参加を快諾して頂けた。
そして皆さんで「自衛隊側」「敵部隊側」のエキストラや脇を固める役を演じてくださるだけでなく、加藤さんやメンバーの方が所有する各種装備品も撮影にお借りすることが決まった。

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それに加えて、加藤さんたちには戦闘中の“兵士たち”の、いわば「所作」のスーパーバイザーとしてもご協力頂けることになった。
例えば外科医が主役のドラマならば、手術シーンにリアリティが無いとドラマそのものの魅力が半減するし、ドラマの主役がシェフならば、画面上で確かな料理の腕を見せなければならない。
それと同じように、戦闘員独特の動き、銃の構え方、戦闘隊形のつくりかた……そういった部分を、この方面で経験豊かであり知識も豊富な加藤さんたちのメンバーにお願いして、出演者に伝授して頂くことにした。
リアリティを求める近年の戦争映画では、軍事経験のある専門スタッフの監修によって俳優達が時間をかけて軍事教練を受けることもよくあるが、自主映画の場合は、なにはともあれ「みんな仕事や学校があるし、スケジュールを合わせて、なるべく短い拘束時間でつくろうネ!」というのが基本なので(笑) なかなかそういう本格的なことができない。
そのあたりの、演出する僕の至らない部分を皆さんのスーパーバイズによってフォローして頂こうと思っている。
模擬戦だけでなく映像づくりの経験のある皆さんならば、こちらの意図も伝わりやすいし、安心である。

加えて、河合さんがお撮りになっている「荻窪東宝」自主映画のレギュラーメンバーである丸林さんも参加してくださることとなり、全幅の信頼の置ける皆さんに出演から衣装・小道具の貸し出しに至るまでご協力頂ける幸運に恵まれることになった。
まさに鬼に金棒である。


―――― もうひとつは、ナカシマさんとの出会いである。

この方とは非常に面白い出会い……いや、再会を果たしたのが印象的である。

今から20年以上前、僕は映像製作会社の社員と、映像専修学院の運営スタッフという二足の草鞋を履く生活をしていた時期があり、その頃ナカシマさんはこの学校に見学に来ていて、僕が応対に出たことがあったのだ。

その後はまったく接点が無かったのだが、2010年になって僕の運営している模型趣味サイト“BANANA GUYs”の掲示板に遊びに来てくださり、あっあのときの!と思い出したのが再会のきっかけとなった。

その後しばらくして、『消滅戦街道』の特撮に使えそうなミニチュアモデルをオークションで物色、いくつかを落札したのだが、ナントその出品者の方のお一人がこのナカシマさんで(笑)
それでは御挨拶がてら、商品は「手渡し」ということでお会いしましょう! ということになった。
20余年ぶりの思わぬ再会劇となり、近所のレストランで映画や特撮、仕事のことなどで長時間に渡って話し込んでしまった。
これがキッカケとなり、ナカシマさんからも衣装や小道具をお借りすることが出来るという、またまた幸運に恵まれることになった。

ナカシマさんは若い頃から特撮ドラマに親しみ、ご自分でも各種の作品を製作して販売されたりしていたのだが、本格的な特撮映画、怪獣映画を作る機会を探りつつ、撮影に使えそうな衣装や小道具を長年に渡って買い集めていて、ちょうどその中に『消滅戦街道』でこれから準備しようと考えていた自衛隊関係の衣装などが大量に含まれていたのである。

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なにせ低予算で頑張らねばならない個人製作の映画である。
特撮の準備も手間がかかるが、それ以上に本編ドラマ部分で活用する衣装には相当な出費を強いられるだろうと不安に思っていただけに、これは本当に有り難いことだった。
しかも先に述べた「荻窪東宝」の皆さん、加藤さんたち同様、ナカシマさんも非常に信頼の置ける方で、安心してお付き合いさせて頂くことにした。


2010年の11月……つまり『消滅戦街道』の最終決定稿の完成にタイミングを合わせたかのようにこのような出会いに恵まれ、衣装・小道具の準備が急加速していくことになる。


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Report.05 “ハイスピード撮影への飽くなき悪あがき”

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特殊美術準備を紹介した回で「ミニチュア特撮にはハイスピード撮影によるスローモーション効果が不可欠だが、ビデオ撮影にとってハイスピード撮影は鬼門だった」……と書いた。

また一般的なドラマであっても、叙情的な雰囲気を盛り上げたいとか、アクションシーンの迫力を増したいというときにハイスピード撮影は実に効果的で、逆にビデオによる「コマ伸ばし」の編集効果でスローをかけると、映像のカクカク感が出て興醒めになってしまうこともある。

やはり映画づくりには、ハイスピード撮影はなくてはならないアイテムである。

しかし、近年では皆さんご存じの通り、テープ収録ではなくメモリーカードまたはハードディスク収録という方法を採ることによって、超高価なプロ用特殊機材ではなくてもデジタルカメラでのハイスピード撮影が可能になってきた。
これは10数年前には考えられないことだった。
昔、特撮ドラマシリーズ『VISUAL BANDITS』を撮影していた頃は、基本的にはビデオ作品なのだが、ミニチュア特撮を使う部分も多く、かといって当時の映像処理ソフトによるビデオスローではハイスピード撮影と同等の効果が得られなかった。
やむなくハイスピード撮影の必要な部分だけ16ミリや8ミリのフィルムで撮影したため、最終的な編集仕上げ段階で画質・画調の調整に大変な苦労を強いられることになり、それにしても「苦心したわりには……」程度の統一感しか出せず、なかば開き直って編集していたものだった。

それが今ではン十万、ン百万もするような超高額・高級機材を買ったりレンタルしなくても、量販店で売っているコンパクトデジタルカメラで手軽にハイスピード撮影ができるようになったのだから、技術の進歩とは恐ろしくもあり、頼もしくもあり……である。

昔の「サンダーバード」のミニチュアワークや「ゴジラ」「ラドン」に代表される怪獣映画の特撮に見られる、得も言われぬ重量感や存在感は、ハイスピード撮影の効果によるところが大きい。
今、昔ながらの特撮ファンだと公言する人々が、当時の特撮映画のいったいナニにヤラレてそうなっちゃったかといえば、合成技術やキャラクター造型ともども、たいていはこのハイスピード撮影によって捉えられたミニチュアの魅力にヤラレたと言っても過言ではない。
あまり詳しくはないので実情はわからないが、恐らく現在、自主映画をつくっている若い方々の多くもこのコンパクトデジカメのハイスピード撮影を存分に活用されていることだろうと思う。


……僕が最初に極身近なところで市販のコンパクトデジカメのハイスピード撮影の効果を実感し、興味を抱いたのは、2010年の初めに模型趣味仲間の松本さんのお撮りになった映像を拝見したときだった。

松本さんは模型趣味と同時にカメラ趣味もお持ちで、主に野生の生物をお撮りになっている。
その静止画像……写真も非常に美しくお見事なものだったのだが、あるとき拝見したのが、カシオのコンパクトデジカメ EX-FH25のハイスピード撮影モードを使って撮られた水鳥の映像だった。

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この映像がまた実に美しかった。
なめらかなスローモーション効果で、水鳥が飛び立つときの翼の動きや湖面の水飛沫が鮮明に捉えられていた。
俄然この機種に興味が湧いて松本さんに根掘り葉掘りお尋ねしてみると、手の届かないような価格ではなかったので、数日後にはカメラ専門店に飛び込んで一式買ってきてしまった(笑)

僕はムービー機材を扱うことは多いが、コンパクトデジカメでミニチュア撮影をした経験がないので、早速手許にあったモーターライズ走行可能な戦車プラモを使ってテスト撮影をしてみた。
その様子はこのブログにもアップロードしてある。

http://tep-motionpictures.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/ex-fh25-ae43.html

ムービー・コンテンツに詳述しているが、この撮影はハイスピード撮影の効果だけが手軽に確認できればと良い思い、自宅のリビングのテーブル上を舞台に、特別に照明も当てず、またゲインやフォーカスその他オート機能もそのままでお気軽に撮影してみたものだ。

EX-FH25は120fps(秒間120フレーム・4倍のハイスピード撮影)の場合、画像サイズは640×480で撮影可能。
これを編集ソフトの「フッテージ変換」にて24P対応で編集したため実質5倍のハイスピードになっている。
また16:9ワイドスクリーン720×480に合わせてブローアップしてある。
そのまま16:9のムービーとしては使えないというのが玉に瑕だが、この価格の民生用キャメラなんだから仕方ない。 
正統な画質でハイスピード撮影ができる業務用機器を買う金があればベンツが買えるんだから、贅沢を言ってはバチが当たる。


……とはいえ『消滅戦街道』は時流ではスタンダードとなっている16:9ワイドスクリーンで撮影することになっている。
ハイスピード撮影の部分だけブローアップによって画質が荒れるというのは、できるだけ避けたい。


何か良い方法はないものか……と思案していたが、我がTEPPROJECTの“知恵袋”ともいえる古参メンバーの高山君から、

「アナモフィックレンズを装着すればいいのではないか」

……というアイデアを頂いた。

ナルホド!ってんでチョット懐かしいビデオキャメラ「SONY DVCAMカムコーダー DSR-PD150」のオプションとして販売されていたアナモフィックレンズの中古品を探しだして調達した。

しかし、当然のことながらDSR-PD150用のデカくて重いアナモフィックレンズが、カシオEX-FH25にパコン!とはまるわけがない(笑)

そこで今回は、各種工作材料の開発等エンジニア系のお仕事をされていてナンデモ考案して作っちゃうことから“八幡山のガリレオ”の異名を持つ(笑)模型趣味仲間のT2Fさんにご相談したところ、DSR-PD150用アナモフィックレンズをカシオEX-FH25のレンズ部分に装着するための特製アダプターを製作していただけることなった。

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これがまた実に具合がイイ!

何せカメラ本体よりもアナモフィックレンズのほうが重いんじゃないか? ヘタなアダプターだとレンズが引っこ抜けてゴトンと落ちちゃうんじゃないか? と心配もあったが、T2Fさんに作って頂いたアダプターはあまりにも精巧に計測されて作られているため、アダプター内側にシリコンオイルでも塗っておかないと、かぽっとはめたが最後もう永遠に取れないんじゃないかと思うほどピッタリで(笑)安定性は抜群である。

実際に撮影してみるとアナモフィックレンズの効果は絶大で、ほんの少し拡大するだけで16:9ワイドスクリーン映像として使える絵が撮れることが判明した。
これだともしかすると120fpsだけではなく、多少の画質の荒さに眼をつぶれば240fps(実質10倍のハイスピード効果)の使用も可能ではないかと思えた。

普段、主力機種として使用しているPanasonic DVCPROHD P2カメラレコーダーAG-HVX200も、HD対応メモリーカード収録によって2.5倍までのハイスピードが効くので、両方の機材の使い分けで、特撮部分だけでなくドラマ部分でも効果的なスローモーション効果が適時使用できるようになった。

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               ★★★ATTENTION!★★★

上記でご紹介した“八幡山のガリレオ”ことT2Fさんは、模型工作材料を扱うウェブショップを運営しておられます。
「模型よろず屋 おったんとっと」です。

http://www.shop-online.jp/ottantotto/index.php?PHPSESSID=bfafc3c065a9aaea04253a365da58d32

……「特撮の撮影で、1/35スケールのラジコン戦車モデルが踏むと本物みたいにクシャッとつぶれる金属製のトタン板やガードレールって作れませんかねぇ? 1/35で民家のミニチュアモデルを作るときに使える屋根瓦なんて、量産できませんかねぇ?」……などとワガママを申し上げたところ、ナント! きちんとした商品として開発してくださいました!
1/35~1/32スケールのジオラマ製作や、特撮映画の撮影用ミニチュア製作にはまさにうってつけ、今まで切望されていながらも存在しなかった製品ばかりです。
また船舶模型を自作する際に便利なスクリュー各種も取り扱っています。
ぜひご利用下さい!

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Report.06 “テロリストのアジト”

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少年時代からミリタリー系のプラモデル作りに親しみ、この歳になっても趣味として続けているので、意外と思われるかも知れないが、僕はハンドウェポン……銃器類にメッポウ疎く、モデルガンやエアガンといったアイテムもほとんど買ったことがない。

過去に映画撮影用小道具として拳銃の組み立て式キットを買ったことはあるが、撮影が終わると知人にあげたり処分してしまったりで手許には残っていない。
拙宅に遊びに来る人々は、そこら中に戦車や戦闘機のプラモデルが山積みになっているので、モデルガン・エアガンの類もさぞ沢山あるに違いない……と思うらしいのだが、家中探しても一挺も出てこないので拍子抜けするらしい。

知識のほうもたいしたことはなく、子供の頃に喜んで観ていたテレビドラマ「コンバット!」の影響で、サンダース軍曹が持っているのはトンプソン・サブマシンガン、ヘンリー少尉はM1カービン、カービー二等兵はBAR(ビーエイアー)そしてドイツ兵はたいていシュマイザーMP40かMG42機関銃で攻撃してくる……なぁんて古典的な銃器については覚えたが、それ以上に知識が深まることはついぞなかった(笑)

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プラモデル作りの経験から、キャタピラだけ見ればそれがいつの時代の何処の国の何という戦車かくらい解るというのに、この知識のギャップはいったい何なのかと自分でも不思議に思ってしまうほどだ。

考えてみるに、これは少年時代に擦り込まれた「モデルガンは物凄く高価で贅沢なオトナの趣味の玩具だから、子供には買えない」という先入観が脳内に根強く残っているからかも知れない。
今は随分と法規制が厳しいようだが、僕らが子供の頃はまだ本物のような金属製のモデルガンが売っていて、お店のショーケースの中で鈍く重々しい輝きを放っていたものだ。
それらは、マッチボックスのミニカーやタミヤの戦車プラモを買ってもらえば1ヶ月はゴキゲンでいられたような子供にはまったく縁のない高級品に思えた。
そういうヘンテコな貧乏症がずっと尾を引いて、すごく魅力的なトイガンがあっても「見て見ぬフリ」をしていたのだと思う(笑)

……だが映画の小道具として必要となれば、話は別である。

先の項で触れたように今回の『消滅戦街道』では多種多様な銃器類が必要で、親しい方々のご厚意でかなりの数量をお借り出来ることになったものの、ナンデモカンデモ他力本願というわけにはいかない。
逆に皆さんからいろいろお借りできるようになったことで、自分でも可能な限り調達せねばならないという使命感が芽生えて、慣れないエアガン、電動ガンに手を出すことになった。


……しかし「知らない」というのはまったく恐ろしいもので、市販品の価格だとか、必要なものが生産中止になっているとか、その絶版品を買う場合はマニア向けにプレミア価格が付いているとか……そういう“相場”を知らないもんだから、とにかく手当たり次第にあたって、こりゃもう仕方がない、多少高かろうが買っとかないとお話しにならないと、予想以上に高価なことを知って冷や汗をかきつつ買い漁ることにした。

最初に集めたのが陸上自衛隊の「89式小銃」

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『消滅戦街道』は近未来のお話……ほんのチョッピリSF的なテイストも含まれていて架空の兵器も登場するので、自衛隊員の主要装備も架空のものにしてみるのも面白いかも知れない……とは思ったのだが、だいたい銃器類というのは長寿で、時代が変わっても同じものが長く使われることも多く、ドラマ部分つまり俳優の芝居に密着した小道具となる自動小銃などは現行の実在のものにしておかないと、根本的なリアリティが崩れてしまうと判断して、89式をセレクトした。

“敵国の空挺部隊”に関しては、やはり異国情緒を出したいということからロシア製のAK47にしてみた。

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このあたりはTEPPROJECT主要メンバーの高山君も協力してくれて、携帯型対戦車ロケット弾RPG-7や狙撃銃“ドラグノフ”を貸してくれることになった。

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これら敵・味方の主要装備である自動小銃は、購入してきた物はそのまま人物のアップ・ショット等で使うが、それ以外にも純粋に撮影用のものも作らねばならない。
今後この市販品を“原型”にしてシリコンゴムで型取りして、硬めのウレタン製のものをいくつか量産する予定だ。
トイガンとはいえ、やはり激しいアクションをともなう演技では俳優さんのケガが心配だし、また銃そのものの破損も厄介だ。
撮影用のゴム製代用品を準備しておけば、何かと便利というものだ。
銃器は複雑な形状をしているので型取り・複製は少々厄介だが、まァなんとかなるだろう。


―――― サテ、『消滅戦街道』には、まず敵と対峙する存在として警官隊も登場するので、そちらのアイテムも揃えねばならない。

やはり近未来ということを意識して、オートマチック式拳銃の使用も検討したが、とはいえやっぱり「おまわりさん」といえばコレだろうということで、リボルバー式の「ニューナンブ」に決めた。
APECその他の報道写真などを見ると、警察官の拳銃には電話のコードのようなコイルコードが丈夫そうな金具を介して付けられていたので、工作材料店でそれらしい物を見つけてきて取り付けてみた。

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……余談ながら、拳銃の発砲シーンを撮る際、銃口から噴き出す発射炎(マズルフラッシュ)はデジタル合成になる予定だが、やはり撮影現場で少し煙が出ていたほうがリアリティは向上する。
そこでエアガンのニューナンブの回転式弾倉部分に粒子の細かい粉を仕込んでおいて発砲すればいいのではないかということになり、片栗粉やシッカロール、果ては胃腸薬まで試してみたが(石膏は後にサビるのが心配で使わなかった)結局いちばん効果的だったのは「龍角散」だった。
煙の膨らみかたといい色味といい、絶妙である。

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こりゃあいいや! と調子に乗って拙宅のリビングでポスポス撃っていたら、たちまち部屋中に生薬特有の匂いがたちこめ、家人に散々怒られた。
しまいには飼っているインコまでが「あのヒトがコレを触ると自分の縄張りが臭くなる」と判断したのか、ニューナンブの上に乗っかって僕が触ろうとするとピリピリ鳴いて威嚇する始末である。
鳥にまで怒られた。
こういった実験がやってみたい方は、天気の良い日に屋外で行うことをお薦めする。


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さて、警察官の武器が揃ったら、今度は衣装である。
これもリアルなものを専門の劇用衣装店から借りればよいのだろうが、レンタル費もけっこう高く、汚すと大変だし、またスケジュールの変動で借りられなくなったりするのもストレスが溜まるので、少々安っぽいがリーズナブルなレプリカ品を購入して装備を追加してそれらしく見せて使うことにした。
ヘルメットも土木作業用のものをいろいろ探して、なとんなくそれっぽいものを見つけてきた(笑)

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その他、小道具で使うお馴染みの警察手帳や、本物のパトカーは使えないから別の撮影手段をとるためのそれっぽいパトランプ……などなど、細々した美術用品を購入、自作したりして揃えていった。
まだまだ足りないので、こういった作業は今後もクランクイン直前まで続くと思う。

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……これだけ揃えると、家の中の情景が劇的に変化する。

先に書いたとおり、モデルガンの類は一挺も無かった我が家に、銃器類と怪しげな衣装が溢れることになった。

これではほとんど、テロリストのアジトである。

もしも拙宅に空き巣が入って警察官が来てしまったら、まず空き巣の犯人を捜すより先に、僕の身辺調査から始めるのではないかと思う。

さしあたっての課題は、これらの小道具をなるべく人目につかないように収納できる整理用ケースを買い揃えて、本物の警察の皆さんのお世話にならぬよう何食わぬ顔で健全、平穏な生活を送ることである。

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Report.07 “よしッ機材をなんとかしよう!”

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―――― 随分と話は遡るが、学生時代からTEPPROJECTでは移動撮影用の機材……所謂“特機”関係は、なるべく自家製で揃えるのが伝統となっていた。

なんせ僕自身が少年時代に観たハリウッド映画に憧れて「俳優が演技するならば、キャメラも演技しなければならない」と頑固に思い込んでいて、日本映画によく見られる、セットの中で展開される芝居をドッシリと落ち着いたフィックス(固定)の視点で見つめる……という演出も重量感や高級感があると思うと同時に、やはりスムーズなトラックショット(レール等による移動撮影ショット)や立体的なクレーンショットに憧れがあり、自分の作品でもいつかは大いに活用したいという願望を持ち続けていた。
そんなこともあって、学生時代には先輩の作った特撮用(航空機等のミニチュアモデルを操演するために作られたもの)のクレーンをお借りして無理矢理キャメラを取り付けて撮影したり、そのクレーンを参考に自分たちでも作ってみたり、また大小のレールを自作したりした。
ちょっと背伸びをして、工業用ロボットに使われる部品を利用して精度の高さを求めて作ったミニレールなどもあった。

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     ※8ミリ映画製作時代に活用していたレール、クレーン。

これとはまた別に、同期の高山君などは8ミリムービーキャメラ(フジカZC-1000)とパソコン、ステッピングモーターの組み合わせで初歩的なモーションコントロールシステムの開発に果敢に挑戦したりしていたものだ。

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     ※1987年頃に高山君が独自に構築した8ミリキャメラ用モーションコントロールシステム。

…… しかし正直に言って自作した特機はやはり不完全な部分が多く、取り扱いとメンテナンスが難しかった。
ロケ先などでは撮影できる時間を考えると特機の準備・設置は可能な限り短時間で行えないと使えないし、また丈夫でなければならない。
しかも持ち運びが簡単でないと単なる「お荷物」になってしまいかねない。
自作特機では、このあたりの問題がなかなか解消できなかった。

それならいっそのこと、わざと不安定な「手持ちキャメラ撮影」を多用してドキュメンタリー・タッチに徹したほうが良いのではないかと思うようになり、特撮ドラマシリーズ『VISUAL BANDITS』では本編ドラマ・特撮シーンともども、ほぼ9割方を手持ち撮影するというほどにまでエスカレートしてしまった。

近年では恐らく人気を博した海外ドラマシリーズ『24』などの影響だろうと思うが、テレビドラマでもわざと手持ち撮影を多用するようになって、この手の絵作りも新鮮さを失ってしまった感があるが、こうなると元々ツムジマガリなもので(笑)もういちどスムーズな移動撮影の魅力を見直して、手持ち撮影との合理的な併用を考えるようになってきた。

実際の処、本業の映像演出として現場に赴く際には、予算の許す限り特機を準備して欲しいとプロデューサーさんにお願いすることが多く、何度も現場をともにしたプロデューサーになると、打ち合わせの段階で「今回もクレーン用意します?」と尋ねてくれる状況である(笑)

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     ※珍しく写真が残っていた。近年の仕事の様子。


こうした現場で技術スタッフが特機の準備をしているのを眺めているのが好きで、ちょっと見慣れないタイプの小型クレーン等が現場に到着すると、スタッフに「それはどこのメーカーの何という製品?」としつこく尋ねてしまうクセがついてしまった。

自分でもいろいろ調べるようになり(まったくインターネットというのは便利なものだ)昔に比べて小型軽量、比較的安価な特機類が販売されていることを……つまり、機材屋さんからレンタルしなくとも、なんとか頑張れば自分で買える特機が多いことがわかってきた。
昔はきちんとしたメーカー品のレールやクレーンなんて超高級品で、とても個人で所有できる規模の物ではないと思い込んでいたのだが、現在ではプロ・アマ兼用の小型軽量デジタルムービーカムがプロの現場でもよく使われるご時世となり、それに対応して僕の持っているPanasonic DVCPROHD P2カメラレコーダーAG-HVX200程度の大きさのキャメラならラクに載せられるくらいの、手頃な寸法のレール、クレーンが各種存在する。

『消滅戦街道』の準備もボチボチと進んできた2011年の2月に入った頃、その準備の進行状況を見ながら「こりゃあそろそろ年貢の納め時、特機を自作するのはやめて、今回の作品に合わせて、そしてまた仕事での活用も考えて市販の特機を自前で揃えたほうがいいかも知れない……」と思い始め、いくらかリサーチした後に品揃えの豊富な「ビデオ近畿」さんにお邪魔して、手頃な品を見つくろっていただいた。

http://videkin.com/

結局購入したのはLibec(平和精機)のジブアーム(小型クレーン…現場ではこのクラスのクレーンをよく“ミニジブ”と呼ぶ)そしてクレーンとの併用が可能なトラッキングレールである。


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          ※メーカー商品見本写真


両方を“フル装備”で組み合わせると、こういうスタイルになる。

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          ※メーカー商品見本写真


……こうなると欲しくなってくるのが「クレーン使用時に便利なモニター」である。

映画撮影用の、キャメラマンが乗り込んだまま上下させられるような本格的な大型クレーンなら問題は無いが、ミニジブの場合、クレーン先端に載るのはキャメラだけで、撮影者はモニターで映像を確認しつつ手を伸ばしたり脚立に乗ったりして操作しなければならない。
同じ小型クレーンでも、キャメラのマウント部分にギヤとモーターが仕込まれていて、リモートコントロールでパンやティルトが可能な高級機種もあるが、さすがにそれは個人で持つには贅沢過ぎるシロモノだ。
一応チェック用に8.9インチ液晶モニターは持っているが、クレーンからの映像を確認するならばもう少し機動性が欲しい。

そこで、メガネに取り付けられる超小型モニター「ヘッドマウントディスプレイ」を購入してみることにした。
市販のヘッドマウントディスプレイの中には本来は軍事用に開発されたとかナントカ、笑っちゃうような高級機種などいろいろあるようだが、そんな中からもっとも手軽で安価な「TELEGLASS T3-A」を選んだ。

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          ※メーカー商品見本写真

これは以前、旧友の高山君が購入したことがあり、メガネに取り付けるとナントモ大仰なので呆れてしまった記憶があるのだが、まさか自分も買うことになるとは思わなかった。
何せ、スィッチを入れると先端に超小型モニターが取り付けられたアームが電動でウィ~ンと伸びてきて、右目を覆うのである。まるで戦闘ヘリの照準装置のようだ(笑)

本来は付属のアタッチメントを使って、普段使用しているメガネに装着するようになっているのだが、撮影終了後に取り外すのが面倒な気がして、安い工作用のゴーグル(メガネをかけた上から装着できるもの)を買ってきて、それに取り付けてみた。

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こうすると、自分のメガネに装着するよりも眼からモニターまでの距離が少し遠くなるので見えにくくなるかなと思ったが、実際に使ってみるとまったく支障は無かった。

……これだけ揃えりゃ結構な額になってしまったわけだが、そうは言ってもちょっとしたクルマ一台買うことを考えれば(車種にもよるけど)半額以下どころか1/3程度の出費で揃ったし、クルマと違って一度買ったらほとんど一生モンである。
二度と買うことはなかろうと(笑)
チョット無理して揃えてみたが……揃えたら揃えたで、早速「仕事」のほうで出番があった。

やはりこの不況である。
映像作品の製作費も軒並みダウンしているわけだが、それでも「せっかくつくるならば予算内で良いものに仕上げたい」と思うのが映像職人共通の気持ちだろう。
この春に入った仕事も昔のCMのように潤沢な予算が使えるわけではないのだが、会社のオフィスや複雑な佇まいの工場を小粋に撮りたいと思える内容だったので、買い揃えたばかりの特機類を総動員で現場に持ち込むことにした。
これが、良い“実用テスト”になった。
先の写真のようなフル装備状態でも普通乗用車のトランクルームに収まる程度のコンパクトさが有り難いし、また現場でのセッティングも思いのほか短時間でスムーズに完了させることができた。
これなら活用できる現場は多いだろう。
もちろん『消滅戦街道』でもフル稼動させる予定だ。


ついでに購入したのが、合成用スクリーンである。


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          ※メーカー商品見本写真


現在では映像加工・処理ソフトの充実で、クロマキー合成の“抜け”は随分と良くなってきており、これは本家TEPPROJECTのサイトで高山君が実験結果をまじえて詳しく解説してくれている。

http://www.tepproject.com/contents/comp/comp.html

……ところが問題は、バックスクリーンのほうである。
合成用の背景紙も売っているのだが、シワや折り目がついてしまうと厄介で、ほとんど使い捨てに近い。
やはり布製のものがいいよなぁ……と思って探していたら、3メートル×6メートルの面積を持つブルーとグリーンのクロマキー用背景布が、これまた思ったより安価で販売されているのを発見して、こいつはいいや!と早速注文してしまった。
とにかくいつも合成用の背景に苦労していただけに、これでようやくスムーズな作業ができるようになったと一安心である。


ひととおりの物が揃ったし、レンタルでも始めようかな(笑)
こちらが仕事や自主製作で使っていない時、親しいお友達に限ってお貸ししようかと考えているが、何よりも時間……今回の『消滅戦街道』に限らず、今後は何かを本格的に撮りたいと思ったとき、機材のレンタル手配などに時間を割かれ、また機材使用のためのスケジュール調整に頭を悩ますことなく、すべての時間を実作業に使えて好きなものを好きなときに好きな方法で撮れる態勢がようやく整ったことが嬉しい。
ちょっとばかり無理をしたが、長い目で見れば値打ちのある出費だったと思っている。

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東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)に関して

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このたびの未曾有の震災で被害に遭われたすべての皆様に心からお見舞いを、そして亡くなられた方々に心からお悔やみを申し上げます。

今後一人でも多くの方々が、一分一秒でも早く救助されることを願っております。


―――― 2011年3月14日。
未曾有の大災害が発生して3日めの夜を迎えました。
こんな個人製作の自主映画に特化した、場末のブログをいったいどれほどの方々がご覧になっているのかわかりませんし、このような状況にあって僕個人は何のお役にも立てず、情けない思いをしております。

しかし、いまだに携帯等の電話よりもネットのほうがつながりやすい状況と聞いております。

何かのきっかけでこちらを訪れてくださった誰かのお役に立てればと、キーを叩いております。


【各種災害用伝言サービス】

▼NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス
iMenuトップの災害用伝言板リンクからアクセス。

伝言板にメッセージ登録が可能なのは青森県、秋田県、宮城県、山形県、福島県。

PCからメッセージを確認する場合はhttp://dengon.docomo.ne.jp/top.cgi。


▼KDDIの災害用伝言板サービス
EZwebトップメニューかauoneトップから災害用伝言板へアクセス。

安否情報の確認はhttp://dengon.ezweb.ne.jp/


▼ソフトバンクモバイルの災害伝言板
Yahoo!ケータイの災害用伝言板メニューかMy Softbankからアクセス。

安否情報の確認はhttp://dengon.softbank.ne.jp/。


▼NTT東日本

災害用伝言ダイヤル「171」と災害用ブロードバンド伝言板「web171」。


▼ウィルコムの災害用伝言板

ウィルコム端末からのアクセスはhttp://dengon.clubh.ne.jp/。

他社携帯やPCからのアクセスはhttp://dengon.willcom-inc.com/。


▼イー・モバイルの災害用伝言板
アクセスは、ブックマーク(お気に入り)→EMnetサービス→災害用伝言板→災害用伝言板トップページ。

安否確認はhttp://dengon.emnet.ne.jp/。


【計画停電に関して】
震災による発電所の運行停止にともない、必要な電力を確保するため、3月14日より地域をグループ分けして1日3時間程度毎の計画的な停電が実施されます。
これによって地域によっては断水も予想されるとのことですので、公共機関からの情報に充分ご注意ください。
計画停電の実施地区、期間については下記の東京電力のウェブサイトでご確認ください。
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

【ボランティア活動に関して】
使命感を持って被災地へボランティア活動に向かいたい方も大勢いらっしゃるかと思いますが、3月14日現在、まだ現地は危険で、救命のプロが作戦展開中です。
現地へ向かう緊急・救命チームの交通手段の混乱を助長させないという意味も含めて、行動開始は今しばらく待ちましょう。
まずは、プロに任せましょう。

「危険地帯にいる一般人を極力減らす」ことが、まず第一です。
警察・消防・自衛隊が数百名の方のご遺体を確認しつつも、危険で現場に近づけないという現状です。
このような場所にアマチュアが行ってはいけません。
場合によっては、プロの救命・救助チームの活動の障害となる可能性もあります。

今は「緊急性のあるプロの仕事を増やさないこと」が、最良のボランティアです。
ボランティア活動をしたい皆様の力が必要になってくる時が、今後必ずやってきます。
そのときにこそ、存分にご活躍ください。

また、闇雲に使用済みの毛布、衣類などの物資を送ろうとせず、何処の機関が何を必要としているかの情報を集めて、本当に必要とされる物を送りましょう。
いつも災害時には一般から送られてくる物資がかえって使われず無駄になることが多いです。
現地に何かを送って役に立ちたいが、何が良いのかわからない……もしそうであれば、その志は義援金に託しましょう。
義援金によって確実に必要な物を現地判断で調達して頂くのがいちばんです。


【偽情報について】
関東大震災の時「外国人が井戸に毒を入れたり略奪・暴行行為をおこなっている」・・・・などといった極めて悪質なデマが流れ、不幸な事件が多発しました。
これは日本の歴史上、大きな“汚点”として記憶されております。

あれから88年も経っているというのに、ネット上の書き込みやチェーンメールで、同じようなデマを流す大馬鹿者がいるとのことです。

恐ろしい余震がおさまらぬ中、一人でも多くの生命を助けようと、まさに今この瞬間も被災地では血の滲むような努力が続けられています。
いまだ安否不明の方のご家族、そして亡くなった方のご遺族は悲しみにくれています。
……そして、50カ国以上の方々が積極的な支援に乗り出してくださっている今、多くの人々を迷わせる偽情報を流すなどとは、日本人として極めて恥ずかしいことです。

個人で出来ることの大小に関わらず、皆で一丸となって救命を考えねばならないこの時に、悪意やいたずらで偽情報を流す人間は、年齢・性別に関わらず「殺人罪」に匹敵する大罪です。

日本は、歴史上希に見る大惨事を経験したのです。
誰にでもわかるこの“現実”をいまだに理解できず、いや、理解できる知能を持たず、他人事として面白がっている、まさに地球上から排除すべき人間が、この危急存亡のときに関わらず、くだらない偽情報を流しているのです。

皆さん、流言飛語に惑わされないように気をつけましょう。
救助を待つ人々、現場で懸命に救難活動している人々のことを考えましょう!
無理に活動せず、正しい情報だけを精査して伝えるだけでも立派なボランティアになります。
もちろんテレビやラジオのニュースの全てが完璧に正しいというわけではないでしょう。
しかし、それらの情報も理性的に物事を考える材料になります。
過剰な反応を避けて、「ちょっと待てよ、これは本当なのか?」と一拍おいて落ち着いて情報を考えるようにしようではありませんか。


……あらためまして、被災者の皆様のご無事を心よりお祈り申し上げます。

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Report.08 “徒然に思うコト”

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2011年3月11日の、国内観測史上最大と言われるマグニチュード9.0を記録して未曾有の大惨事となった東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生してから3週間めに入った。

この文章を書いている現在でも、被災地の方々、その周辺の方々は心身ともに疲弊しながらも不自由な生活に耐えておられ、そして救難、復旧作業、支援に駆けつけた最前線のプロフェッショナルたち……警察・消防・自衛隊・医療関係者の方々、米軍をはじめとする各国の支援チームの方々、破損した原発の復旧作業に従事する方々は、文字通り命を削る覚悟でこの国難に立ち向かっている。

危機は、現在進行形で継続中である。

……あの日、僕はちょうど仕事の谷間のタイミングだったので、休みをもらって自宅でノンビリと寛いでいた。

地震に対して相当臆病な僕は、引っ越す際に各種費用はもちろん、環境の良さ、メインで仕事をする都内へのアクセスなどを考えたほか、ネットの「地震ハザードステーション」などを調べて、比較的地震に強そうなエリアに住もうと思い、いろいろ検討した末に現在の住み処を見つけた。

そんなこともあり、今までも小さな地震を感じると「ここでこのくらい揺れていると言うことは、他所では(例えば23区内では)かなり揺れているんじゃないだろうか」と見当を付けることもあった。

ところが今回の揺れは、ケタが違った。

宮崎県から関東に出て来て四半世紀以上経ったが、初めて経験した揺れの強さ、揺れの長さだった。
グラグラ……というよりも、誰かから身体を引っ張られてユッサユッサと揺さぶられているような感覚だった。

人間の感情とはオカシナもので、自分ではこんな地震に見舞われたら恐怖で身動きできないだろうと昔から予想していたが、それに反して比較的冷静で、まったく別の感情……「ちくしょう、やりやがったな!」というような“怒り”の感情が湧いてきて、一人でぷんぷん怒りながら揺れる家具を押さえ、一緒に住んでいるセキセイインコの籠が落下しないように守っていた。

初めて恐怖を感じたのは、窓から桜の木を見たときである。

このブログの「ムービーギャラリー」でも短い動画を紹介しているが……

http://tep-motionpictures.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/2008_eb07.html

我が家のバルコニーからは、マンションの中庭に植えられている桜の木を眺めることができる。
その桜の木が、まるで幹にロープを結わえ付けられ、大勢の人間がそれを何度も引いて木を倒そうとしているかのように、大きく揺れているのである。
風の強い日であっても、あの桜があんなに揺れているのを見たことがなく、このとき初めて自分が建物ごとかなり揺れているのだと言うことを実感した。


余震が治まり自分も少し落ち着いたところで、こういうときこそ冷静にならなければならないと思い、家中の窓を開けて空気を入れ換えると同時に、ガスの匂いがしないかなどを慎重に調べ、安全を確認して人心地が付いてからタバコを一服した。

そして、これは何処かで大変なことが起こっているのではないかと思い、テレビをつけてニュースを見た。

僕の目に飛び込んできたのは、あまりにも強大で無慈悲な、自然の猛威を捉えた映像だった。

とくに津波に飲み込まれていく街並みを撮影したヘリからの空撮映像を目にしたときには、
「今、もしかしたら自分はこうしてリビングのソファに座りながらも、何百人何千人という人々が生命を奪われる、まさにその瞬間を見ているのではないか」
……という思いに駆られ、背骨が氷のように冷たくなるような感覚に襲われた。

それからの一週間は、正直言って何をするにしても気が散るというか、落ち着かない心理状態だった。

このような非常事態が発生した際の、自分の無力さを痛感し、それでも何かしなければ落ち着かないと思うものの、せいぜいこのブログ上に役立ちそうな情報を載せたり、僅かばかりの義援金を用意させていただく程度のことしかできなかった。

なんと役に立たぬ人間なんだろうと自分に呆れた。

仕事をしていてもニュースが気になる。
帰宅すると深夜まで各局のニュースを見て、内容を比較してこの震災の実像に迫ろうとした。

そのうち、避難所で生活する人々の筆舌に尽くし難い苦労とともに、東京電力福島第一原子力発電所の危機が大きく報じられるようになった。

報道内容は日々劇的とも言えるほどに変化し、ついには凄まじい水素爆発で原子炉建屋が粉砕され、砲爆撃を受けたかのように巨大な爆煙を吹き上げる映像も放映された。
放射性物質によって汚染された大気の拡散も報じられ、そのエリアは刻々と変わり、そして広がり、ついには首都圏にまで汚染された空気が薄まりつつも流れ着いたことが判明した。
今まで聞いたことのない様々な「単位」が説明に使われ、しまいには「基準値を上回るものの、ただちに健康に影響を及ぼすものではないが、念のために……」といった、曖昧模糊を通り越して、もはや文法としておかしいような、苦し紛れとしか思えぬ表現が連日のように使われ始めた。

飼い慣らせない野獣と化した原発に、真っ向から命懸けで立ち向かう勇敢な人々の姿、世界中の人々の善意が報じられると同時に、一部の「政治稼業」や「電気屋」の連中の“危機管理”という言葉すら知らないのではないかと、シロウトでも首を捻りたくなるようなスローモーさ、認識の甘さ、無責任さが浮き彫りにされていき、彼等の「隠蔽体質」と思えるようなものまで敏感に感じ取る人々も大勢現れ始めた。

「信用できない」

「信用するな」

そんな言葉も、よく使われるようになった。


―――― 僕は、考え込んでしまった。

『消滅戦街道』……自主映画とはいえ、僕はこんな映画を撮っていいのだろうかと、迷いが生じてしまったのだ。


『消滅戦街道』の脚本を完成させた昨年、僕は関係者、協力者の皆さんに配る挨拶文に、こんなことを書いた。
これはReport.01の記述と重複してしまうが、敢えて一部を抜粋して再掲載してみる。

          ××××××××××

『消滅戦街道』を書くに当たって、僕がテーマとして選んだのは、

「今、僕自身がもっとも“怖い”と思うことを書こう」

……というものでした。

“怖い”と感じるものは人それぞれだと思いますが、いろいろと考えてみると、僕がいちばん怖いのは、
「戦争に巻き込まれること」

そして、そのような状況にあって正しい情報が無い……「本当のことを知らされない」ということではないかと思い当たりました。
とくに現在の世界情勢を見るとき、それを強く感じます。

我々は本当のことを知っているのだろうか?

我々は平和に生活していけるのだろうか?

……日々のニュースを見るたびに、そんなことを考えてしまいます。

『消滅戦街道』には、そんな僕自身の気持ちを込めてみました。

          ××××××××××

……「天災」である今回の巨大地震と、戦争という「人災」の違いはあっても、この文章の主旨の大部分は現在の状況にそっくりそのまま当てはまらないだろうか?

ましてや、放射性物質の拡散という深刻な事態を招いた、津波による原発のダメージに至っては、もはや「人災」ではなかろうか。

このような事態に発展する過程において、何らかの「隠蔽」は無かったのだろうか。

『消滅戦街道』では、極めて危険な戦闘状態が始まって以降、上層部の判断ミス、判断の遅れによって犠牲が増えてしまったり、また報道管制……隠蔽を画策する状況なども描かれていく。

僕が昔から、自分の気持ちの何処かの片隅で漠然とながらも不安を感じ、そして「こうあってはならない」「こうなる前に食い止めなければならない」という思いを込めて書いた脚本の内容が、何か不吉な出来事の“予告”をしていたように感じてしまい、自分でも気味が悪くなってしまったのだ。


しかし、それは違ったようだ。

この脚本は、他の誰とも違った考え方によって、独自に何かを予告していたのではないし、僕一人が感じていたものを文章化したものでもない……そう思えるようになった。

この脚本を書く原動力となった「僕の感じていた漠然とした不安感」は、他の大勢の人々も僕と同じように昔から感じていたことなのだ。
何故なら、そんな不安を感じさせる要因となる事件、事象が、今までも幾度となく繰り返し発生していたからだ。
そして今回の国難とも言える震災によって、その不安が“爆発”してしまったのだ。


そう考えたとき、やはり僕はこの映画は撮らねばならないと思い直した。


今、日本中が震災のショックで萎縮している。

もう3月だというのに被災地では寒い日が続き、雪に覆われた瓦礫の街の映像を見ると、やるせなくなる。
農業、漁業を含む各種産業も大きな打撃を受けて、日本が立ち直るにはかなり時間がかかるだろう。

……しかしながら、皆が皆、萎縮してしまったままでは物が動かず、物が生まれない。

僕は震災直後の各種イベント等の開催は「今はそんなことやっている場合じゃないだろう、可及的速やかな物理的支援が第一だ!」と思い反対だったが、ここにきてようやく、もう少し視野を広げる時期がやってきた……つまり、被災地以外の人々が少しでも元気にならないと、結局は被災地の方々も困るのではないかと思い始めた。
被災地の子供達やお年寄りには、笑顔や笑いが必要で、「頑張ろう、頑張ろう」と連呼するよりも「大丈夫、大丈夫」と語りかけたほうが良い結果が生まれると聞いた。
我々が大丈夫なところを見せて、元気になってもらわねばならない。

この状況で危機感を持つことは、もちろん大切だ。
様々な報道で毎日のように震災の影響や原発事故の様子を見聞していると、感覚がだんだん麻痺してくる。
それで何も「感じなくなる」のは危ない。危機感は持ち続けるべきだ。

しかし、だからといってネガティブになってばかりではいけない。
ネガティブな思考は悪性ウィルスのように周囲に伝染して、皆が元気を無くしてしまう。


そろそろ前向きになる時期が来たのではないか。

「破壊」の次は「創造」だ。

今の僕には国の役に立つような大きな創造は出来ないが、個人個人でもモノツクリを始めて、
「一時は落ち込んだけど、今こんなもの作ってるんだ」
……と、言えるようにならなきゃいけないように思えてきた。


―――― 昨年末から、既に決定したキャストの皆さんとともに「ホン読み」「立ち稽古」を始めていた。

出演者関係については、後々詳しくリポートしていきたいと思っているが、稽古を重ねる毎に皆の立ち振る舞いが非常に良くなってきて、出演者の皆さんの熱意が伝わってきた。

実は3月にも立ち稽古を予定していたのだが、やはり震災のショック、続く余震などによってナイーブになっている方も多いようだし、加えて都内の節電事情により電車の本数も減り、遠方から来てくださる方の帰宅時間などの心配も出て来たため、延期していた。
これに関しては、やはりダイレクトに個人それぞれのメンタルな部分に関わる問題でもあるため、もう少し延期しようと思っているが、先に述べたように個人的なモノツクリの気持ちを止めたままではイケナイと思い始め、また美術関係の作業からコツコツと再開させることにした。


作品冒頭、指導者の死去にともない混乱する架空の「某国」の様子が描かれる。
これはオトナの事情で(つまり、予算がない 笑)海外ロケするわけにもいかないので、ミニチュア特撮で情景描写することにした。
そのためにはあくまで国籍を限定しないような無国籍風というか異国情緒のようなものを感じさせる小道具が欲しい。
そんなことを考えつつ、使えそうなミニチュアモデルを物色し始めた。

Blo01
探すといろいろあるもんで、自分でも驚いたが、1/24スケールのGAZ(Gorkovsky Avtomobilny Zavod) の乗用車、Ivecoの四輪駆動バンなどを見つけることが出来た。

また、この某国の空挺強襲部隊が他国に巨大な戦術輸送機で来襲するシーンもある。
ここもぜひ架空の、しかも戦車まで搭載できるような巨大輸送機を作りたい。
その材料として、こんな航空機キットも見つけてきた。

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……この2つのキットの主要部品を組み合わせつつ、大胆に加工して見たこともないような、まさに怪鳥のような巨人機を……と思っているが、さァ果たしてどうなるか(笑)


もうひとつ。
僕は元々「ヘリコプター」が大好きで、今まで作ってきた自主映画には(いささか趣味に走りすぎているキライもあるが)たいていヘリを飛ばしてきた。
しかし『消滅戦街道』では珍しくヘリの出番は無かった。
だが、今回の震災の報道映像で、人々を救うため懸命に飛び回る消防、自衛隊そして米軍のヘリ、そのクルーたちの姿に大変感銘を受けた。
やはり、ヘリは不可欠だ!
そう思い、状況の偵察任務に飛ぶヘリが準備したくなり、何故か品薄になっていたキットをようやく探してきた。

Blo04

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お馴染みの“ブラックホーク”だが、これをアチコチいじくり回して、陸上自衛隊仕様に改造して撮影に使いたいと思っている。

……そうこうするうちに、今回も全面協力を申し出てくださった「荻窪東宝」の河合さんが、今回の作品のミニチュア特撮セット用にと、自主的に“街中でよく見かける自販機”を作ってくださった。

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仕事机の上でPCモニターの前に置いてお手軽に撮っただけで、この写り具合である!
ちなみに1個の高さは8センチしかない!それでこの精密感である。
河合さんはこの他にもLED電飾入り自販機や変電器、エアコンの室外機なども作って提供してくださった。
さすがベテラン模型作家の実力である。
あまりの生活感、リアリティに、眺めているだけで楽しくなってしまう。

―――― やはり物を作る作業はいい。

無心になれるというか、夢中で手を動かしながら、想像が広がっていく。
市販の完成品モデルであっても、これからどんなふうに手を加えよう、どんなふうに撮ろう……と、夢が膨らむ。

こんなときこそ、この気持ちは大切だと、しみじみ思う。

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