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“カトマンズ ロケ顛末記”

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―――― 『消滅戦街道』の次なる撮影に向けてボチボチと水面下で準備を進めていた2015年9月後半。

日本とネパールの合作映画の製作に参加してカトマンズへロケに10日ほど行ってまいりました。

この作品のタイトルは・・・・・

“My Love~Pratigya Kathputhtali Ko~”(我が愛~カタプタリとの約束)。(仮題)

ネパールと日本を行き来している男性が故国での大地震を知り急遽帰国。
その地に到着したJDR(Japan Disaster Relief Team:日本 国際緊急援助隊)の面々と出会い、様々な事件を通して友情を深め、そこにラブストーリーが絡む・・・というものです。

内外含め、ネパールの地震のその後の様子と、JDRの活動を真正面から描いた映画は、これが初めてではないでしょうか。

JDRは自衛隊、各都道県の消防隊(この映画の設定では長野県消防署)とボランティアの医療チームの混成部隊で、日本国内ではあまり知られておりませんが、今回のネパールをはじめとして、世界各地に赴いて懸命に捜索・救援・医療活動をおこない、現地の人々から親しまれています。

ネパールの人々はJDRのことを親しみを込めて「ジュディア」と発音しており、我々がロケ地に向かって歩いていて、日本人であることに気づくと、どの方も片言の日本語混じりで、

「ナマステ、サンキュー」

「アリガトウ!」

「ガンバッテ!」

・・・と、にこやかに声をかけてくれました。

一時は政変が続いて混乱を極めたネパールですが、現地に赴いてみると、どの方も一様に優しく穏やかで、本当に良い国でした。

ネパールは決して豊かな国ではありません。
しかし東日本大震災が発生した際、支援物資として庶民の貴重な収入源である毛布を大量に送り届けてくれました。

本作の監督は東京情報大学総合情報学部映像音響コースの伊藤敏朗教授で、日本に於けるネパール映画研究の第一人者という、もうひとつの顔を持っておられ、今回の作品は伊藤先生が監督されるネパール映画としては3作目になります。

伊藤先生とは、僕がSF特撮アクションシリーズ『VISUAL BANDITS』を監督している頃に知り合い、その後は映像創作活動をおこなうたびに大変お世話になっているというご縁があります。

いつかご恩返しを・・・と思っていたとき、伊藤先生から「仕事としてネパールの映画に参加してほしい」とオファーを頂き、微力ながら監督補佐・テクニカルアドバイザーとしてお手伝いさせて頂くことになりました。

伊藤先生のウェブサイトはこちら!
http://www.rsch.tuis.ac.jp/~ito/

・・・・・ネパールまでは直行便ではなく、往復ともタイのカトマンズ経由でした。
6時間弱だったでしょうか。

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雨降る夜のバンコク・・・もう映画 『ブレードランナー』そのものの光景が展開されていました。

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・・・・そして空路3時間。

バンコクからネパールのカトマンズへ。

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大通りに面した部分はもうすでに復興が進み、穏やかなネパールの人々が働いたりショッピングを楽しんだりしていましたが・・・我々は観光でカトマンズに来たわけではありません。

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ロケ場所を探して裏道をくまなく歩いていると・・・・



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崩壊した家屋や寺院が散見され、痛々しかったです。

―――― さぁ、撮影です!

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僕・・・お助けマンのポンコツ監督と、JDRのメンバーを演じてくださる日本のキャストの皆さん。
現在製作中の『消滅戦街道』に出演されている方、そしてベテラン俳優・千葉 繁さんの門下生の方々です!

当初、監督補佐という名目で伊藤先生を手伝い、場合によってはエキストラ出演してくれないかというお話だったので、おおかた脚本内容の変更をお手伝いしたり、カメラを回したり、美術のセッティングをしたりと「裏方」に回っていたのですが・・・


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イザ出演となると・・・なんとまぁエキストラどころか、JDRのメンバーの一員として、いつの間にか出番が増え、セリフまであるじゃないですか!(笑)


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こうなりゃハラをくくる他ありません。

僕は身長184センチと図体がムダにデカくて、たとえ通行人などのエキストラでも必要以上に目立ってしまって、監督の演出意図を壊してしまうのではないか?と思い、普段は出演のご依頼は固辞していたのですが、今回は伊藤先生のご依頼とあっては断るわけにはいきません。

図体のデカいJDRの隊員でコメディリリーフの役柄に徹することにしました。



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いっちょまえにもう、役者さんみたいなカオしちゃってからに・・・・(^^;)


英語、ネパール語、日本語の飛び交う撮影現場でしたが・・・やはり、モノヅクリを生業とする人々同士、通じ合うものですね。
コミュニケイションに支障をきたすことはほとんどありませんでした。



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驚いたのはネパールの映画人の「職人気質」と「思い切りの良さ」で、写真のように勾配のある不整地にインド製の6メートルクレーンを設置して、平気で撮影をおこなうのです。
日本では考えられないことです。



・・・・こうして撮影は無事に終了。美味しいネパール料理とビールを頂きながら、打ち上げを行いました。


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言葉は通じなくても、せっかく親しくなれたのに・・・もうお別れです。



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帰路の機内から見えた「世界の屋根」ヒマラヤ山脈の一角。

また来たいなぁ・・・と思わせるロケでした。



嬉しいオマケ。



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ロケの様子が複数の海外大手新聞に掲載されました。

・・・・普段は決して出演せず、俳優さんを全面的に信用して裏方に徹しているというのに、自分が出演しているシーンの写真が海外の新聞に掲載されている・・・・けっこう痛快でした。


この映画は完成後、ネパール国内での公開が既に決まっており、日本でも何らかのかたちで公開されるはずです。

今後、日本国内でのロケや特撮シーンの撮影が残っており、完成までは長い道程ですが、僕自身、完成した作品が早く観てみたいと思っています。

貴重な体験をさせてくださった伊藤先生、日本側出演者の皆さん、そして温かく迎えてくれていつも優しく接してくれたネパール側のキャスト・スタッフの皆さんに、心から感謝します。



※掲載した写真の中には、日本側キャストの皆さん、ネパール側スタッフの皆さんから撮って頂いたものも含まれています。
皆さん、ありがとうございました!(^^)

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